服を選ぶ
布団を選ぶ 服を選び ジュエリーを 家具を 食器を選ぶ
どのような世界に包まれていたいかを選ぶ
手で作られたものを手で選んで配置して
私は私から見える私とあなたから見える私を作ります
言葉を 振る舞いを 選ぶ
選ばず自ずと表出されるものが時に摩擦を起こしては
摩擦を受け取って私はまた選ぼうとする
あまりの意思の饒舌さ 体が自由に動けば動くほど
なんでも選べるような気がする
なんでもできるような気がする
私たちの自由で複雑な心と発達した脳は時として
体を離れることも 体を思うままにすることも さまざまな形で叶えようとしては
叶えてきた
私たちが収まる一番小さな箱 入れ子式の世界をつくる最小単位
パフェのグラス 本の装丁 贈り物の包み紙
と同じように 意図を込めて魂の箱の形を選ぶことができたなら どうなっていただろう
皮膚は諦めの象徴です
見えない内側で起こる混乱を隠す 見せ方と見られ方の不一致を受けとめる
耐え難いあのやりとりは 皮膚の表面でだけ行われているから この部屋も職場も空気は綺麗です
私たちが選べる選択肢の多さとたった一つの体
その対照で生まれる悲しみの行き場もただ肌の上のみ
構造色の羽毛や斑模様の湿る皮膚があればもっと心はこの体の中で 安らいでいられただろう
温かなところへ行きたい
海が見える窓辺が欲しい
うつくしい自然に支配されていたら 諦められると思う
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ここ数年、自分の体が、自分の魂を収める場所として相応しいものになっているかどうか(器として十分な容量と強度があるだろうか、心の表象として機能する形になっているだろうか)、ということに、とても意識を向けていました。容姿の話でもあるし、健康の話でもあります。
体が魂にとって居心地のよい器となっていると、魂がおとなしく体に納まってくれるので、不便が少ないです。
心と体がぴったりとくっついて一つの命になること、心と体をわけて捉えることもできること、心はどこまでも自由であるのに体はとても不自由であること、そういったことから生まれるいろいろな現象がとても興味深く見えます。
わたしたち、体に魂を納めて、体の上をほとんどの時間服で覆って、化粧もして、とっても複雑な状態で街を歩いているなあと思います。(2025.1.23)