褻

雑談②

服を選ぶ
布団を選ぶ 服を選び ジュエリーを 家具を 食器を選ぶ
どのような世界に包まれていたいかを選ぶ
手で作られたものを手で選んで配置して
私は私から見える私とあなたから見える私を作ります

言葉を 振る舞いを 選ぶ
選ばず自ずと表出されるものが時に摩擦を起こしては
摩擦を受け取って私はまた選ぼうとする

あまりの意思の饒舌さ 体が自由に動けば動くほど
なんでも選べるような気がする
なんでもできるような気がする
私たちの自由で複雑な心と発達した脳は時として
体を離れることも 体を思うままにすることも さまざまな形で叶えようとしては
叶えてきた
私たちが収まる一番小さな箱 入れ子式の世界をつくる最小単位
パフェのグラス 本の装丁 贈り物の包み紙
と同じように 意図を込めて魂の箱の形を選ぶことができたなら どうなっていただろう

皮膚は諦めの象徴です
見えない内側で起こる混乱を隠す 見せ方と見られ方の不一致を受けとめる
耐え難いあのやりとりは 皮膚の表面でだけ行われているから この部屋も職場も空気は綺麗です

私たちが選べる選択肢の多さとたった一つの体
その対照で生まれる悲しみの行き場もただ肌の上のみ

構造色の羽毛や斑模様の湿る皮膚があればもっと心はこの体の中で 安らいでいられただろう

温かなところへ行きたい
海が見える窓辺が欲しい
うつくしい自然に支配されていたら 諦められると思う

___

ここ数年、自分の体が、自分の魂を収める場所として相応しいものになっているかどうか(器として十分な容量と強度があるだろうか、心の表象として機能する形になっているだろうか)、ということに、とても意識を向けていました。容姿の話でもあるし、健康の話でもあります。
体が魂にとって居心地のよい器となっていると、魂がおとなしく体に納まってくれるので、不便が少ないです。
心と体がぴったりとくっついて一つの命になること、心と体をわけて捉えることもできること、心はどこまでも自由であるのに体はとても不自由であること、そういったことから生まれるいろいろな現象がとても興味深く見えます。

わたしたち、体に魂を納めて、体の上をほとんどの時間服で覆って、化粧もして、とっても複雑な状態で街を歩いているなあと思います。(2025.1.23)

雑談①

意識 電気信号
意識 感情 無意識 思考
記憶 形あるものに紐づいた無形の不定形の記憶が
目には見えない 触れられない 小さな箱のような 無形のフレームにしたがって凝集して
輪郭は非常に曖昧であるのに 確かなまとまりを持って 心や魂と呼ばれて

体という箱におさめられ
この箱は目に見えるし 触ることができますので
色を塗ることも 壊すこともできます

世界は入れ子式になっているように思います
まず心が体という箱におさめられて
そして体を今度は もう少し大きな箱の中へ配置する

部屋 家 電車 学校 箱の形になっている箱
地域 コミュニティ 区域 国 フレーム
星 大気と天気 季節
誰かが作った境界によるフレーム 自然に生まれたフレーム
それに合わせて作られた様々な箱 わたしたちの営巣は
自然が作り出す箱にくらべて
地図を描けるくらいはっきりとしています

人々はたくさんの箱を被ったり脱いだり 出たり入ったり 行き来し
無数の大小様々な箱が
相対的な位置関係を互いに図り合っている
そんなふうに われわれは今日も蠢きました

一番小さな箱の中身 心は
体を介して受け取ったたくさんの波を受けて 内側で 波立つ
血を送り込まれては波
鼓動とは違う周期の波
光や音とは違う仕組みの波
目には見えない 触れることができないから 形は無限 広がりも果て無く
ほんとうはそこが私の母国です と思っています
不定形の波 触れられない核 一定のまとまりは崩さないまま いくらでも流動をする

血が 脈が 形のない心の中の世界と 形のある体が生きる世界の境目を 繋いでいる
酸素と電気信号を共通の言語にして 刺激のやりとりで
それぞれの心が形をもち 人の姿を扱いながら 地図の上
人であることを営んでいる

先ほどのほんとうはそこが私の母国というのはだいぶいい加減な話で
私は、横浜で、1996年に、母親から生まれたひとつの命です

___

「私には世界がこのように見えています」の前提をとてもよく理解してくれる友人と話す時、安心します。昨日、そのような友人と話して私はとても嬉しかったのでした。

私には、人々の営みが、入れ子式のたくさんの箱の蠢き、に見えています。人以外の動物は、別に、箱のようには感じません。
そういう世界の見え方を、上手に説明する言葉を持っておらず、たまに悩みを相談したり喜びを共有したりしたいとき、私の感じ方をうまく共有できる説明があれば……と、もどかしくなります(ので、書きました)。

箱って象徴的ですよね。箱の仲間に器があると思っていて、器も同じく象徴的ですよね。私は、箱よりも、器が好きかもしれません。アンティークの花瓶を見るのがとても好きです。あとは「天使のたまご」の、空き瓶を収集する少女の姿がとても印象に残っています。器の中でも特に瓶が好きなのだろうな。瓶は好きだけれどコップやグラスは別にそこまで……コップもグラスもとても綺麗な存在ですけれどね。誰かに贈るなら、大きなお皿、果物なんかを入れられるような深さのある器がいいなと思います。夏にそうめんを氷水で食べるとき使うような。

箱庭はまた別の物だなあ。額縁は、箱や器の仲間?(2024.12.30)

春先

季節に慣れることはない。去年の春もその前の春もとっても綺麗だったことを、今年の春の最初の日に思い出す。匂いも肌触りも、出会う毎に愛おしくて、本当に綺麗なものは過去も今も変わらず、どの時点を切り取ったって綺麗なのだとわかる。思い出の中の春も今目の前にある春も、同じ色をしている。

でも、綺麗なばかりの春なんて嘘だろうよ。頭が沸いているだけだ。

雪がとけて、カラフルな蛆虫が地面から這い出て山から降りてきて、それが脳に寄生するから春は幸せなんです。いかれた人が街に少しだけ増えるし、私の頭も浮ついている。そして、そうして幸せな季節に油断をしたころに夏が襲いにかかってくることを、私は身をもって知っている。春が来るなら夏だってあること、今年の私は忘れていない。春に浮ついている場合ではなくて、そろそろ夏の下準備を始めなくてはならない。春は買ったきり一度も着ていないワンピースを着るための季節、終わらせるなら夏の前です。恋や、花見や、いのちなど。

未来

自分に自信を持ったら、自分の目の前に広がる未来が見えて、欲が出てきた。広がる未来があると思ったら、その可能性を狭めたくなくて、怖くて一歩が踏み出せなくなった。やりたいこととやらない言い訳は、一緒に増えていく。

それを成長や賢明な判断だと呼ぶのは、くそくらえだと、心の底から思った。

明日がある、夢がある、未来があると思ったら何もできなくなってしまったその時に、未来が無いと思いこめば、何でもできることに気付いた。自分に未来なんてものは無いとしたら、何処に行って誰に会って何をしたい? 臆病者には、未来が無いと思い込まないと、伝えられない言葉もある。

未来が無いと思わないと伝えられない言葉を口に出して明日後悔をしたとして、未来がある私は丁寧にその始末をする。やりたいことなど所詮その始末で片付けられる程度のことがほとんどだと気が付いて、安心をしたし、がっかりもした。

与える

不在の天使 逆光の午睡 光を透かす髪をさらに彩れ

与えるだけの存在になれるほどの孤独を知りたい。失うことに慣れきっていれば、何を与えたって平気でいられるのだろう。こころが寂しくて埋まらないことについて。厚かましく奪う作法を学ぶよりも、失うことに慣れた方がよほどいいと、気高くあろうと、虚勢を張っている。

マザーテレサの亡霊たち

与え損ねた人間が、からだの奥から溢れる善意で、内側から内臓を圧迫されて死んでいくのを何度も見た。与えるにも相手が必要なのである。気高く構え、「人を選び、選ばれた者には与えて差し上げる」という傲慢な娯楽をしたいのであれば、それなりの人格を育んでいかなくてはならない。

まるくてやわらかいものを上手に持てる人

本当は、丸くて柔らかいものを上手に撫でられる指、触れられる腕、壊さないように与えられる力加減を、身をもって知りたい。

懐古

かつて素敵だと感じた何かが時間とともに色褪せるのは、私自身がそれだけの時間を過ごした証拠のひとつで、大抵は成長とか、経験を重ねたこととかが理由なので、何かが色褪せること自体は大して悲しむべきものではないと知っている。

幼少期に遊んだ玩具も今ではつまらない、高校時代に好んだ歌詞は今では幼くて恥ずかしい、宝物も今じゃゴミ、そのようなことでいちいち悲しんでいたら生きてはいけない。それでも色褪せてしまったかつてきらめいたものたちへの執着や、そのきらめきを今の自分の五感では感じられなくなってしまった寂しさ、何より何か大切なものをその当時に置いてきてしまったのではないかという心配という矮小な理由によって、悲しみに似た気持ちを感じることはしばしばある。そして、その気持ちを懐古として楽しむことができるようになるのは、もう少し先だろうと思う。

人は、アルバムを作る。

時間が経って色褪せて、やっと丁度よく整って綺麗、みたいなものがあったらいいのにと思って、時間が経つほど綺麗になるものって何だろうと考えた。人間はどうだろうか、きっと人によって評価が分かれるところ。

今が一番綺麗なその一瞬で時を止めたい、綺麗なものに綺麗であってほしいという傲慢な願いが尽きない。

モデル

私と近い魂の構造をしているあなたの感情や思考を全くそのまま読み取ってしまうので、魂の構造が近しいあなたにはなるべく近づかないようにしているし、やむを得ない状況や私利私欲によって近づくときには、心のスイッチを切るようにしている。感情や思考を全くそのまま読み取ってしまう、無意識レベルでのトレース、私もあなたも事故を起こすまでは気付かないシンクロ、嫌悪するあなたが相手のときはすごく不快だし、好ましいあなたが相手の時は恐ろしくなる。

遠い魂の構造をしているあなたを、人間と認識することがむつかしいので、最大限丁重に扱っているつもりでもすぐに壊す。直し方もわからない、目を向けるにも忍びない、直視できず知らんぷりで時間が過ぎるうちに、忘れたり忘れられたりする。

J-POPの「あなた」に特定の一人を投影できる人がうらやましい。いつも、不在のあなたに共感をしている。それだけならまだいい、仮想敵に同情をし始めたらお仕舞である。