雲霧

500個くらいのやるせない出来事が、小さなものから大きなものまで立て続けに起こり、その複合的な鬱憤が、それはもう視界の端から思考の端まで隅々に、ぼんやりとした虚しさや諦めや呆れは悲しみよりも悲しいなと思いつつ、取るに足らないクソみたいなそれらと、真摯に、向き合ったり、しているのでした。
嬉しいことがあるとすぐに忘れたことも忘れてしまうような、見過ごしてやってもいいちょっとの虚しさだって、丁寧に丁寧に、大事にしてあげるよ。

過去が私を囚えているのではなく、自ら意識的に、過去に囚われているところがある。どうしても、弱い部分を大事に、ずっと、持っておきたい。

500個くらいのやるせない出来事の後に、強くなったねと、たくさんの人に言われた。自分もそう思う。私は確実に、強くなってしまっている。
かつての弱さ、今の弱さ、そしていつか弱さと呼ぶのであろう今の強さ。不快指数は極めて高く、足元に重くもたつくぼんやりしたそれらを、決して振り払ってしまわぬように気をつけて、丁寧に丁寧に、それでも速度は上げて、全部そのままに、一緒に前へと連れて行ってあげたい。

供養という言葉が、よく似合う。私の命が尽きる瞬間に、みんな一緒に、供養してあげるよ。