夏の前

毎年、この時期は、どこかおかしい。

「夏らしい日」がたったの一日でも訪れると、そこから瞬く間に夏へ移ろう。移ろい方があまりに激しいのでたまったものではない。これからしばらくは、「夏らしい日」が続いたかと思えば、急激に初春に戻ったかのような肌寒い日中があったり、その晩は妙に生ぬるくて寝苦しかったり、眠れずに迎えた早朝の太陽の光が、もう真夏の早朝と全く同じように真っ白で、美しかったりする。日ごとに大きなばらつきのある、しかしいずれも朗らかな気候が、日々の生活の一貫性を奪ってゆく。

毎年、春と梅雨の僅かな隙間の「夏の前」という季節が、とても好きで、とても苦手だ。

揺れるこの時期を抜けると、夏になってしまう。海の見えない場所で生活をしている限り、夏は陰鬱な季節でしかない。どこか海の見える場所へ行きたいのに、生活が、衣食住をまずやれよと、それを許さない。

夏の前は焦る。身構える。陰鬱な季節に向けて、何かを終わらせなくてはならない気がする。陰鬱な季節の息苦しさや気だるさにやられないように、今のうちに準備をしておかねばならない。

散歩道で綺麗な花を見たいならば今のうちだということを知っている。春の花はすぐに、湿気にやられて茶色く腐る。可憐なものは、春が旬。今のうちに始末をつけておかなければ、そろそろ腐りはじめるようなものが、手元にたくさんある。